令和の太元帥御修法
本年は本山で太元帥御修法が厳修されるとのことです。それも「真言宗団を挙げて」のようです。
昭和天皇の御代では昭和3年に真言宗団を挙げての盛儀であったが、平成天皇(現上皇さま)の御代でもは醍醐理性院にて「ひっそりと」修行されたとの由。
この平成の時の話に関して、「真言宗団内では議論百出して…」との話を他でも聞いています。実際、私個人が仄聞する限りではありましたが、断片的とは言え、そこで交わされた意見を聞くにつけ、率直に「変だよな、それって」という気持ちになったことを覚えております。
尤も、当時の社会全体を覆っていた「左巻きの悪性同調圧力」の存在は事実。それに抗えなかったからと言って、先師を責める気持ちは毛頭ございません。「辞退という選択肢しかなかった…」という無念の気持ちがあって、それをグッと呑み込んで苦渋の決断をなされたものだと、今も思っているところです。
ともあれ、門跡さまの「平成の社会の悪弊によって…云々」というご見解には、僭越ながら私も同意であります。
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「太元帥御修法奉修の旨趣及び由来書」
「夫れ太元帥御修法は鎮護国家の要道にして玉體安穏を祈り奉るを以って本旨とす
我が宗祖弘法大師初めて太元帥明王の儀軌を請来し常暁和尚重ねて尊像壇儀を伝え承和七年常暁太元阿闍梨の宣旨を蒙り勅を奉じて此の秘法を修し奉れり 越えて文徳天皇の仁壽元年十二月特に國典と定めらる 爾来天皇御即位の時は必ず宮中に於て勤修せしめらるるを以って恒規と定めさせ給えり
斯くて歴朝の聖帝叡信浅からず世々嫡々相承の阿闍梨に勅して之れを勤修せしめられ明治四年に至るまで連綿として断ゆる事なかりき
而して大正四年十一月 先帝御即位の御大禮を行われせ給うや 斯法を教王護国寺灌頂院に於て修せしめらる 伏して惟みるに今上陛下聖徳天の如く億兆齊く仰ぐ今や将に即位の大禮を行わせ給わんとす
小衲皇恩の萬一に報い奉らんが為に謹んで歴代聖帝の叡信を仰ぎ 仏祖嫡伝の行軌に則り 玉體安穏 寶祚無窮 天下泰平 萬民豊楽を祈りて 皇業 愈々隆昌に國運益々旺盛にして徳澤天下に普く頌音四海に溢るるを期し奉らんと爾云う
令和四年 元旦 順和 記 」
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承和七年に常暁阿闍梨が初めて宣旨を蒙り勅を受けて修法された鎮護国家・玉体安穏の厳儀――。
令和の時代は、あろうことか、とりわけ昭和時代を知る人たちにとっては想像だにしなかった「皇室の存続自体が危ぶまれるような局面」が出現しています。
このような危機的な時節にあって、弘法大師から連綿として継承された真言秘密行法が「当たり前に修行される/祈りが捧げられる」こと(≒復活したこと)は誠に素晴らしいことです。
善陽 拝