蓮華童子の日記

真言秘密行法の修法@自坊を中心にアップして参ります。

ラーメンの鬼!

これは某サイトにおいて、『今の密教行者はなってない!』とばかり、吼えまくっている御仁をお見かけしたことから書いたものです。その御仁は、祈祷の結果を出せなければ、まずいラーメン屋なのに、『俺はラーメンの鬼だ!』と自称するに等しいとのことでした(笑)。

弘法大師のことを持ち出されましたので、やっぱり…、長文になってしまいました(苦笑)。但し、まともに反論するのが(酷く)バカバカしくなってしまい、自分のブログにでも…と。ともあれ、お暇な時にでも読んでくだされば幸甚に存じます。

<Quote>
空海を『万能の天才』、或いは『呪術世界のカリスマ』として、讃えまくること自体には罪はない―――、そう思っています。その人の気持ちは気持ちとして尊重することにやぶさかではありません。

但し、事実誤認があると思うから、それだけは申し上げる必要があります。まず、『空海が伝えた真言密教…云々』とありますが、それは違います。真言密教自体は『空海が樹立したオリジナルな宗教体系』と言うべきものデス。

そもそも、弘法大師青龍寺/恵果和尚から受伝し、わが国に請来された時点では、現時点で当たり前にように取り扱っている『金胎不二の思想/実践体系』は明確になっていません。恵果和尚の師である不空三蔵を言えば、金剛界メインの法匠であったと言うべきだし、もう一方、善無畏三蔵におかれては胎蔵法メインでした。その意味するところは、この場で話題にしたいであろう、そこから派生すべき『呪術実践の体系』は、空海が日本に帰朝されて以降、空海のもつ強靭の独創的工夫が加味されてから、大きく変化したということデス。空海という人がいて初めて、私たちの知る『真言密教』が顕になったのであって、そのカリスマについて言い募りたいのならば、寧ろこの箇所こそを中心にして言われなくてはなりません。

ところで、雨を降らせたり(於神泉苑)は、記録として残っており事実なのですが、だからと言って『何でも出来たわけではナイ』のです。雨を降らせたことを言えば、その直系となる聖海理源大師もそう、仁海僧正に至っては『雨僧正』とまで呼ばれていました。

ここで、具体的な例を挙げます。弘法大師十大弟子の中にいる智泉大徳は、享年37歳と伝えられています。彼は空海の甥っ子さんで、年の離れた兄と弟のような関係でした。他の九人の弟子の中で一番の若年であること、とりわけ智泉の『俊英と呼ぶに相応しい聡明さ』を空海は愛して、真言宗団の行く末を彼に託そうと大いに期待もし、そのように教導しました。

しかしながら、智泉は道半ばで病に倒れ、帰らぬ人になりました。ハッキリ言いましょう。『空海は最愛の俊英/智泉を、病の淵にあったのに、結局助けることが出来なかった』のであります。もし何でも出来るのならば、呪術だろうがなんだろうが、秘法を駆使して助けることは出来たはずでしょう(?!)。

その『何でも出来たわけではなかった』ことを自覚された証拠は、畏れ多くも、『亡き智泉に対する惜別の辞』であります。これが、かの弘法大師であるかと思わせるような慟哭の辞です。有り体に言えば『涙がこぼれて、こぼれて、こんなにも悲しいことがあるものか』という内容で、私も空海弘法大師のカリスマには人生を一変させられた人間だから言いますが、これが同じく弘法大師なのだろうか、と率直に感じさせるような非常に人間的な(?)内容です。

さらに…、佐伯真魚(さえき・まお)の時代に人跡未踏の地に分け入り、空前絶後の荒行を敢行したことは事実なれど、『それにも関わらず』、ココロにある虚しさを埋められなかったことを後年告白しておられたことも、厳然たる事実デス。

あの弘法大師にして、『巷に臨んで幾たびか泣く』と言われました。真言密教、否、『空海密教』に人生のすべてを賭けることを誓った人で、この言葉を知らない人はいません。久米寺の大塔に秘蔵された大日経を読んでみて、どうしても理解できない箇所が多くあって、更には、それを教えることの出来る人がこの日本にはいない現実を悟った瞬間、若き日の空海ですら絶望的な思いに捉われたことを、後進は重く受け止めているものなのです。

実を言うと、私は訳あって会社員を生業にする者です。祖父は住職でしたが、私自身は会社員をすることで、恐らく寺門専業では決して見ることのない風景を間近にしながらの人生行路となっているのでしょう。その意味では、私にとって呪術的な行為は『ほんの序の口』でしかありません。弘法大師の偉業は、それを突き抜けた先の凄みにあるのです。企業社会という外の世界から眺めてつくづく感じていることは、人は本気になったときに、信じられないくらいの、それももの凄いチカラを発揮するものだと言うこと。宗祖/空海弘法大師は、寧ろ、そっちの方を私たち後進に伝えたかったのではないか、ということを日日に感じてやっています。

弘法大師に『呪術のカリスマ』を見るのは大いに結構だし、誰も傷つくような話でもないから、煩さがられることを顧みず、熱病にうかされた如くに叫びつつ(笑)、ココロの親切な人々の温情にすがって聞いてもらうのは、ある意味宜しいことなのでしょう。

而して、空海は極めて厳格な内省の人であったことは、空海真言密教を『大乗仏教として位置づけた』ことを知ってから言うことです。もっと言ってしまえば、真言密教を敢えて大乗仏教とされたからには、真剣さの土台が、自ずと違ってくるということです。変な喩えで恐縮ですが、これは絶望のあまり死を意識した人ならば、かなり近い感覚で共有できることではないかと思いますが、そうでなければ、空海の末徒を自認するつもりなら、却っておとなしくてしている方が身の為だと思います。

何故か?。会津徳一菩薩からの『真言密教は慈悲を欠くのでは?』という質問状がソレです。大乗仏教である以上、『慈悲』が必要なのです。そのためには『無限大に近い積徳の修行=普賢行願の修行』(華厳経)が必要とされるとするのが、そして、慈悲のココロが原動力としてあるからそれらは可能となる――――。これが大乗仏教の準備する理論です。しかも大乗仏教華厳経は、真言密教を語る際に絶対に無視はできません。これが真言教学の土台になっているからです(十住心論:第九住心をご覧ください)。

それを否定して一気に成仏すれば、その瞬間『慈悲はナイ』ということなのだが、それならば『タントリズム』という、空海その人も強く否定し、理趣釈経の貸し出しにおいて極めて厳しい態度で取り扱った内容と、まるで変わらないことになってしまうのです。

『人助け』なんか関係なし。一気に彼岸にジャンプして、しかも娑婆に帰ってこないで、ホトケ顔して知らん振り―――。このような矛盾した態度を、弘法大師クラスの人物では決して許可されないことは、良く知るべき大事です。逆にそうでなければ、歴史の泡沫として、日本密教などとっくに消滅していたと思います。

貴殿は学者がどうのと言っているから、さらに追記します。呪術行為を駆使して結果だけ出すならば、それは真言密教でも空海密教でもナイ。『この義を観察して、手に…』という『即身成仏義』の有名な偈文の冒頭部分は、“摘み食いする気持ち”を捨てない限り、絶対に自分の血肉にはならないものと確信します。

言い換えると『この義を観察…』しなければ、後に続く『三密相応へ向かう所作』(有相の三密)は成就することもないし、しかも、ここがいい加減にされる限り『行住坐臥すべてに三密を具す』(無相の三密)なども同様にして成立しませんから、どんなにか(情けない存在の極致と蔑まれる)密教行者に頼んだところで、今日も明日も、何にも良いことも悪いことも起きはしないし、そうやって失意のまま人生のゴールに向かうだけという、極めて厳粛なる事実が目の前から消えることはない―――、そういう結論になります。
<Unquote>