蓮華童子の日記

真言秘密行法の修法@自坊を中心にアップして参ります。

T君

先週の土曜日、家内と横浜の実家に出かけた。オーストラリアからの客人に会いに行ったのだ。

今からもう25年前になるが、オーストラリア人高校生のT君が、日本の高校に留学するため来日して、実家で彼をホストしたのだ。当時、大学生だった私は、彼のホストブラザーとして、色々と話し相手となったりしたこともあって、思い出深い一年を過ごした。そのT君が、奥さんと一緒にヨーロッパ旅行を終えて、スケジュール最後に来日した。

彼は、現在メルボルン市内のタイ・レストランのオーナーだ。メルボルンではチョッとばかり知られた繁盛店とのこと。T君が何故タイ・レストランを経営するようになったかと言うと、彼の奥さんがタイ系オーストラリア人だったことが大きいようだ。二人が出会って意気投合して後、一緒にレストランをやっていこう、となったそうである。

当日は、彼の面倒をみてくれたYFU地区委員の方も一緒だった。何を隠そう両親もそのYFU地区委員の一人で、ボランティアとして四半世紀に渡り活動してきたから、彼を中心にして、当時の苦労話やエピソードなどが紹介され、賑やかだった。

一方、彼の奥さんと話をして、私は、別な意味で仰天していた。恐らく当日会話するべき内容とは大きくかけ離れたものだったろう。

実に…、彼女は『霊能者』だ。それは、私の現況を話しているうちに、明らかになった。彼女が、社交的にする会話を離れる形で、『本音部分』を語ってくれたことから、それは判った。

タイでは、仏教僧侶に対する畏敬の念は、日本人が想像する以上に強く篤い。私が曲がりなりにも神仏にお仕えすることをしていると、T君から聞いていたらしい。それで、彼女は私が頼みもしないのに、私を霊視したのだ。恐らく、それが彼女なりの仏教信仰であり、篤信者としての振る舞いなのであろう。私は黙って、彼女の言うことに耳を傾けた。

彼女Nさん曰く、『貴方は前世でも僧侶で、同じ事をもう一回現世でして、その思いを遂げるだろう』と。とりわけ仰天したのは、私の修行内容を見通して、昨年の11月から貴方のエネルギーがとても強くなっていて、『そのステージに接続し、まさに上がりつつあって、この3年のうちにそれは完成の領域に入る』と、ハッキリ言われたことである。11月は、加行の最終段階となる不動護摩供を開白した時期である。この世界で『加持力』とか『功徳力』とか言って、具体的に祈祷する作法として位置付けられるものであり、皆、表立って言うことはしないが、逆に『エネルギー』を発しない護摩など有り得ないと言ってよいと思う。

ここでお断りするのだが、私は、別段『神さま』になろうなど、これっぽっちも考えていない。そんなことは、ハッキリ言ってどうでも良いのだ。但し、『加持』『祈祷』ということに係わる以上、生半可な実力で、人さまに説教を垂れる、或いは、チカラになりましょうなどと、口が裂けても言えないとだけは常々思っていて、『一体、どういう工夫が要るのかな』という設問が、寝ても覚めても頭から離れたことはナイ…。

そのためにする『精進』の二文字は、『言うは易し/行なうは難し』の典型であるからして、いずれ決着を付けねばなるまいと、ココロに決めているのだが…。そういう意味で、T君の奥さんNさんが、そのように言ってくれたことに、半ば驚きで呆然とした思いとは別に、素直に『神仏の応援に違いない』と、ただただ有り難く頂戴することにした次第だ。

そして、『私、貴方に前世で会っています』と言いながら、彼女は、ずっと肌身離さず付けていたというペンダント型の念珠をくれた。

昨日のことだが、妹から電話があり、『お兄さん、そのペンダント忘れていったでしょう。やっぱり受け取らなくてはダメね』と。

正直なところ、私はそういう人が身に付けていたお守りの類を、あまり受け取ることが好きではない。この世界に足を踏み入れた人なら、それは直ぐに理解されると思う。『異変』のある場合があり、それは自分以外の、例えば家内など、何らプロテクトする方法を知らない人に影響したりすることが、現実に起きるからだ。

それで、わざと置いてきたのだが、その晩、Nさんが夢を見たそうだ。妹の話しによれば、彼女がいつも付けていたそのペンダントを身体から離して眠ったところ、夜中一時半頃に金縛りにあって、『背の高い老人』と出会って10分ほど会話したとのこと。その風貌や、会話の内容からして、どうも僧侶となった父方の祖父だったようだ。

それを聞いてとにかく、『やはり、有り難く護持すべきなのだ、もし僧侶だった祖父の霊ならば余計に…』と直感して、電話を切った。そのペンダントには、タイ仏教の釈尊が、タイ語の経文と共に刻印されている。Nさんの話では、かなり古いものらしい。ともあれ、縁あって自坊に来られる仏陀釈尊を丁重にお迎えしたいと思う。たまたま、今週末には『愛染法』を一座拝む予定にしている。そこで、併せてご供養したいと思っている。

愛染明王は、釈尊が『業』の本体として指摘された『ラーガ』(紅蓮の炎にも似た、激しくも妖しい欲望の本体)を昇華される、深秘の本尊さまだ。金剛界それ自体を象徴する仏さまとして、或いは、般若理趣経の本尊さまとして、お祀りされることも多くある。

因みに彼女の守り本尊は、『ガネーシャ』(聖天尊)だ。これは、会った時、直ぐに分かった。理由もなく、そう直感したから、そうだとしか言えないが…。これまた、何かのご縁なのだと思う。ともあれ、香華を手向け、金剛愛染明王を至心に祈って、ご供養申し上げる所存だ。