蓮華童子の日記

真言秘密行法の修法@自坊を中心にアップして参ります。

星供@高尾山薬王院

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12月20日(土)から翌21日(日)の一泊二日で、高尾山薬王院の星供に参座させて頂くという、非常に貴重な機会を頂いた。

これは本年の修験伝法灌頂を成満されたKさんから、昨年末にお誘いのメールを頂戴したことに始まる。何でも『凄いです!』との話であった。詳細は割愛するが、ともかく『百聞は一見にしかず』とばかり、高鳴る期待を胸に秘めて、高尾山に向かった。

早速、私なりの率直な感想を次々に述べていきたい。

高尾山と言えば修験者のお山であり、護摩祈祷が日日に数回執行され、火渡りがあり、滝行があり、それ以外には、お蕎麦が美味しいとか、最近の話題では『08ミシェラン・ジャポン』に三ツ星登録されたとか、ともかく、わが東京の誇るべき聖地だ。

一方で、大勢の観光客が押し寄せる環境というものは、必ずしもプラスの面だけがあるのではなく、マイナスの面も併せて見る視点は欠かせないだろう。

高尾山が、そもそも『修験者のお山』として認知されたことの意味は、一山の全てのいのちを祈りを込めて慈しむこと―――、歴代の厳重な掟として存在することの証左であろう。すなわち、験者の密法による祈りは、大慈大悲の誓願を秘めたものなのであって、いたずらに軽佻浮薄の空気を善しとするものではナイ。

ところで、『祈りのお山』とは、実は高尾山の正月詣でのキャッチコピーで、電車やバスの吊り広告でしばしば目にすることがある。それで、私自身の考えは以下のようになる。

即ち、祈りを大切にすることを通じて、祈る人や、その祈る人に共感を寄せる人たちの、深いところから紡ぎだされる慈悲の心。人の世の闇路を照らす灯火であり、時には、同じく人の世を冷たく濡らす雨露から凌ぐ傘となって、行く道を守ることなのだ。この大事を、人々の心に静かに語るメッセージ。それが、そこには秘められているのだ。

今回の高尾山星供は、所謂『大法立て』の大行儀であったことが、とても驚きだった。始まってまだ四年目くらいとのことだが、何しろ以下の行儀で執行されたこと自体、『祈りのお山』の名にまさに相応しい。そこに込められた深い精神性、それがもつメッセージ性に対して、O山主猊下、そして山内職衆の並々ならぬ決意を感じさせるに充分なものだった。

【本堂】
*正面(導師壇):一字金輪(息災護摩
*左正面:薬師+普賢延命曼荼羅(増益護摩
*右奥:北斗曼荼羅(北斗供)
*右横:十二天

【堂外】
*聖天供(@聖天堂)
*神供

今回は、20日の夕刻(開白)と、21日の早暁(結願)の計二回で執行されたのだが、どちらも二時間近く掛かっての修行となり、また、唱える真言についても、私たちでも普段は唱えない真言(例:一切成就明など)も幾つかあって、しかもそれぞれを百回前後唱えたと思うので、なるほど、『参篭』するくらいの気合で上堂しないと、とても大変だ。しかも冬至の時期であるから、山上のお堂は寒い。

ところで、『御修法の時もそうですが、お祈りの終った後の壇をお参りすると良いですよ。後拝みと言います。とても功徳があるのです』との説明は、僭越ながら、大変に素晴らしいものだと感じた。実際、御修法もそうだが、そのような真言密教の大行儀に随喜できる人は、関西ならまだしも、関東圏以北ではそうそういないからである。

そしてもっと大切なことは、実は、これがローカルの一行事に止まらない環境であることを、特に東京に住む人ならなおさら、強く認識する必要があるということだ。

密教では、弘法大師が宮中真言院において執行された御修法を皮切りに、ある種システマチックな法式を以って、力強く慈悲の心の実践を表現し、人の世に訴えてきた。

それゆえ、今回の高尾山の試みは、(少し話は飛ぶが)日常外国人とのコミュニケーションを多くもつ私のような立場の人間から申し上げると、何とか彼ら外国人に対して、上手に門戸を開いてあげることができないだろうかと感じさせるくらい、強いインパクトを与えた祈りなのである。

08ミシェラン・ジャポンに拘るわけではないが、我が国の誇るべき伝統文化を、一般外国人に伝えていく方便としても、漆黒の闇の中で赤々として焦がし、そして、冬至の深い夜の天空に輝く、大小無数の星という星の業煩悩を焼き尽くす、至心に修行される護摩の焔。

天空の星の業煩悩を焼く―――。狭い地域の住人だからと、安易に立ち止まることは許されないのかも知れぬ。

非常に深い精神性のメッセージを伝えるシンボル。この先高く評価されるもになる大行儀を、今回強く予感した。